流氷


一度だけ流氷をみたことがある。

十数年前に一人で北海道にいったときのことだ。

5月の初旬のことだ。フェリーで釧路まで行き、そこからワゴン車で4泊5日くらいの日程で絵を描くための旅行をした。
その数日間、私はクラッカーとミネラルウォーターだけで食糧とし、無料の露天風呂(そういうところには、ロッカーなんて設備はない。場所によっては猿といっしょのときもあった)で体を洗った。
日が暮れると、公民館とか図書館の駐車場に車を止めて、車の中で寝た。明かりがないからあたりが暗くなったら寝るだけだった。
釧路、根室、知床、羅臼弟子屈摩周湖あたりを車でまわっていた。


ひたすら絵のことだけを考えていた旅行だった。そして実際に絵を描く以外のことは何もしなかった旅行だった。


そんなある日、羅臼近辺のスケッチを終えて、今日のねぐらを探そうと車でうろうろしているとき、ふと海岸に抜ける切りとおしの道が目に止まった。気になったので車を止めて、その海岸に出てみた。

だれもいない海岸は、流氷で埋め尽くされていて、水平線は白かった。そして遠くに知床の連山が夕日を浴びてピンク色に染まっていた。呆然とするほかに何もできないくらい無性に哀しく清廉な風景だった。日が暮れて色合いがわからなくなるまでのほんのわずかな時間に夢中でスケッチをしたものだ。

そんなスケッチをもとに、今スペインで作品にしてみた。