忍野富士


山梨県忍野村からみた富士山が最も美しいとは、よくいわれていることである。雪の積もった山頂のひだは女性的で、朝の澄んだ空気の中で清らかに輝く。そんな富士山が藁葺屋根の民家の後方にそびえたつのはまさに絶景だ。



15年くらい前、私はそういう富士山を描くために忍野村やその近辺に週末通ったものだった。

金曜日の夜、仕事を終えて家に帰り、風呂にはいったあと、11時くらいに小平市のアパートをでて、ワゴン車で夜の中央高速を西へ向かう。たしか1時くらいに忍野村の無料パーキングに到着する。すでにそこには、何台もの車が止まっている。みんなアマチュアカメラマンたちである。


3時間くらい仮眠を取った後、まだあたりがくらいが現場にスケッチ道具を持って向かう。富士山と藁葺屋根の民家が同じアングルに入るところには小川が流れていて、その小川沿いには、カメラの三脚がずらりと並んでいる。


私は、その一角に三脚を立ててキャンバスを立てて、パレットに絵の具を絞り出して、明るくなるのを待つ。



いつも屋外で使っている水彩画のスケッチ道具はここでは役に立たない。氷点下では水が凍ってしまうから、水彩画によるスケッチはできないのだ。鉛筆でやるか油彩でスケッチするかのどちらかだ。



山を描くためには、天気予報はまったくあてにならない。いくら予報が晴れでも山頂に雲があればそれでだいなしになる。スケッチにも運が必要なのだ。


あたりが明るくなりだしてからの、仕事は忙しい。カメラと違って何枚も作ることはできない。朝の光の移り変わりはあまりにも激しい。1枚を20分くらいで描き上げなければ、どんどん山の様相が変わっていく。これはまるでスポーツだなと思いながらいつも描いていた。


当時の鉛筆スケッチをもとにして、そんなことを思い出しながら描いてみた。