古典を外国語で読む(2)


紫式部日記

かの源氏物語の作者、紫式部の日記です。日記は前半が彼女が使えている中宮彰子の出産に関する事件(祭礼)を追いかけ、後半は作者の内面を綴っていくという構成になっています。


和歌の挿入が他の日記に比べて極端に少ないのは、和歌の腕前は「源氏物語」でさんざん披露しているし、この日記は非公開前提の日記なのであえて日記のうえで和歌を創作しえいなかったんだと思います。


和泉式部日記、更級日記に比較した時に、この日記が圧倒的に語彙が豊かなことがわかります。これは翻訳を通してもきちんとわかります。ちょっと格が違うという感じですね。



祭礼の描写の中では、だれそれは裏地が何色で袖部分が何色の服を着ているといった描写がすごく多いです。こういう色彩感覚と衣装に対する関心とその記憶力、このあたりは「女の子なんだな〜」と素直に微笑ましく思えてきます。



人間観察もかなりしっかりしている人ですね。

非公開前提の日記だったのでしょうから、同僚の人間観察がよくなされています。

「すべてに秀でている人というのはそうそういないわ、かならず何かしらの欠点をもっているものね。」

「長所だと思っている部分も、時と場合によっては短所になるのよね。」

「ポジティヴに物事をとらえる人もいれば悲観的にものをとらえる人もいるわよ。」



平安時代の読み物って「仏教観に基づいた来世へのあこがれ」とか「もののあわれ」といったどちらかというと悲観的な部分を強調した作品だけが現代まで残っているので、どうもこの時代に対する悲観的部分だけを強調してみてしまうのかもしれません。



さて、この日記には同時代の有名人の批評もあります。



和泉式部については、「悲観的なキャラだし、書きものはあまり上手といえないわね。それでも和歌はすばらしい才能を持っていると思うけど、完璧とまではいえないわね。」となかなか手厳しい。



清少納言にいたっては、「才能がある人なんだろうけど、中国語ができることをみせびらかしているのはみっともないったらありゃしない。細かいところをよく見ると結構間違いも多いしね。まあ、あの手の人は最後にはどっかでつまずいちゃうのよね。」とこちらも厳しい。



ここは弁護しておきますけど、紫式部だって、中国語は読めたんですよ。当時、中国語ができることは宮仕えする男の最低限必要な能力でした。今でいうなら外資で働くなら英語は必須みたいなところですね。でも逆に女性が中国語ができるというのは、「男の領域に土足で踏み込む」みたいなところがあったのでしょう。それは歓迎されざることでした。



紫式部は小さい頃から中国語を読めることで「おまえが男だったら」と父親に嘆かれて傷ついていた過去もあります。
そして、日常生活ではできる限り中国語ができることを隠そうと努めてきたし、中国語が読めることを影で噂されることを不愉快に思っていました。
源氏物語」を読んだ人が「この作者は日本書紀(中国語で書いてある)を読んだことがあるはずだ。」を宮廷内で話していることに冷や汗かいていたようです。



彼女は「女性がうまく世渡りするには、男性が望んでいる女性像に自分をあわせこんでいかなければならない」という信念があったのでしょう。だからこそ、奔放な清少納言を評して「はしたない」とまでいったのでしょうね。
ちょっとこのあたりのインテリの内面の屈折した感情もなかなか人間味があっていいですね。



ちなみに、教科書では清少納言紫式部は同列に見ているのでしょうけれど、大長編を書くだけの精神力・持久力・構想力など偉大な文筆家として必要な才能については、清少納言紫式部の足元にもおよばないんですよね。
たしかに「枕草子」は一つ一つが短いから読みやすいだけ現代人にもなじみがあります。でもこれってトルストイとブロガーを同列で論じるくらい乱暴な話だと思うんですよね。



最後に「私って、楽器は滅茶ヘタなのよね。いやになるわ。」なんて述懐も非常に愛らしいです。



歴史に残る長編物語の作者の愛らしい側面を見せてくれる日記です。



紫式部のファンになってしまいました。